先に結論:私たちが毎日使っている言葉の中には、もともと仏教のことばだったものがたくさんあります。「我慢」「玄関」「大丈夫」「億劫」「愚痴」「醍醐味」…。意味も、仏教での本来の意味を知ると「なるほど!」と腑に落ちます。ここでは代表的な言葉を一覧で、由来つきに紹介します(※由来には諸説あるものもあります)。
実は仏教が由来の日常語 一覧
| 言葉 | いまの意味 | 仏教での本来の意味・由来 |
|---|---|---|
| 我慢(がまん) | じっと耐える | もとは煩悩の一つ「慢」。自分を偉いと思う慢心のこと。そこから「意地を張る→耐え忍ぶ」へ意味が変化 |
| 玄関(げんかん) | 家の入り口 | 禅宗で「玄妙な仏道に入る関門」の意味。修行の入り口→建物の入り口へ |
| 上品・下品(じょうひん・げひん) | 品がある/ない | 極楽往生の9つの階級「九品(くほん)」の上位・下位から。もとは往生のランク |
| 億劫(おっくう) | 面倒くさい | 「劫(こう)」は気が遠くなるほど長い時間の単位。その一億倍→「考えるだけで面倒」へ |
| 有頂天(うちょうてん) | 喜んで舞い上がる | 仏教の世界でいちばん高い天「有頂天」。頂点→のぼせ上がる、へ |
| 愚痴(ぐち) | 不平・こぼし言葉 | 仏教の三毒(貪・瞋・痴)の「痴」。物事の道理に暗いこと |
| 醍醐味(だいごみ) | 本当の面白さ | 牛乳を精製した最上の味「醍醐」=最高の教えのたとえ。そこから「真髄・深い味わい」へ |
| 四苦八苦(しくはっく) | とても苦労する | 生・老・病・死の「四苦」に、さらに4つの苦を加えた「八苦」から |
| 金輪際(こんりんざい) | 二度と〜ない | 大地のいちばん底「金輪の際(きわ)」=これ以上ない果て。徹底して、の意味へ |
| 挨拶(あいさつ) | あいさつ | 禅の「一挨一拶(いちあいいっさつ)」=師が弟子の悟りを試す問答から |
| 覚悟(かくご) | 心構え・あきらめ | 仏教で迷いを断ち、真理を悟ること。そこから「心を決める」へ |
| 大丈夫(だいじょうぶ) | 問題ない | 「丈夫」は立派な人・仏の徳を備えた者。転じて「間違いない・安心」へ(諸説あり) |
| 他力本願(たりきほんがん) | (誤用)人任せ | 本来は「阿弥陀仏の本願の力にすがる」尊い教え。「人任せ」は本来の意味と異なる誤用 |
| ありがとう | 感謝の言葉 | 「有り難し」=めったにない、の意味。生きて出会えることの尊さを表す仏教的な考えと結びつく説 |
とくに面白い3つを深掘り
「我慢」はもともと“いばる心”だった
いまは「耐える」意味ですが、仏教では自分を高く見て他人を見下す慢心(まんしん)の一種でした。「我を張る」ところから、意地を張って耐える→今の「我慢」へと意味が移っていきました。
「他力本願」は“人任せ”ではない
ビジネスで「他力本願ではダメだ」と使われがちですが、本来は浄土の教えで阿弥陀仏の救いの力(本願)にゆだねるという深い意味。「人任せ」は本来の意味とは違う使い方です。阿弥陀仏に由来する念仏については「南無阿弥陀仏」の意味もどうぞ。
「醍醐味」は“最高の乳製品の味”
昔、牛乳を段階的に精製した最上のものを「醍醐」と呼びました。その最高の味を、仏の最高の教えにたとえたのが始まり。そこから「物事の本当の面白さ」を指すようになりました。
よくある疑問
Q. どうして仏教の言葉が日常語になったの?
A. 日本では長い間、お寺が学問や教育の中心でした。お経や説法で使われた言葉が人々に広まり、意味を変えながら日常語として定着したと考えられています。身近な例では、食事の「いただきます」にも感謝の心が息づいています。
次に読む
※言葉の由来には複数の説があります。本記事は代表的な説を紹介するものです。正式な場面では辞典・出典をあわせてご確認ください。