忌中と喪中の違い|いつまで?仏式・神式・浄土真宗の考え方と控えることの目安

先に結論:忌中(きちゅう)と喪中(もちゅう)は、身内を亡くしたあとの「慎む期間」を、区切りの早さで二つに分けた呼び方です。忌中は早く明ける深い区切りで、仏式なら四十九日、神式なら五十日祭までが目安。喪中はそのあとも続く長い区切りで、一周忌(神式では一年祭)のころまでとする説明が多く見られます。どちらも法律で決まった期間ではなく、宗教・宗派や地域、家庭によって長さも控えることも変わります。

まずはひとつ、「へぇー」を

「忌引き」の忌は、忌中の忌と同じ字。国家公務員の人事院規則では、配偶者や父母なら連続7日、子は5日、祖父母は原則3日が休暇の基本の日数で、遠方の葬儀なら往復の日数も加えられます。

編集:へぇ助

「忌」と「喪」は、慎み方の深さが違う二つの区切り

忌中と喪中は、どちらも亡くなった日から数え始めます。違うのは終わりの位置で、先に明けるのが忌中、そのあとも続くのが喪中です。

慎み方の深さも違います。百科事典マイペディア(コトバンク「忌服」)の区別に従えば、勤めには出ながらも喪服姿で身を慎むのが服(喪)で、その手前の、家にこもって過ごす段階が忌にあたります。いまの暮らしに当てはめるなら、忌中は「晴れの場から離れて静かに過ごす時期」、喪中は「日常に戻りつつ華やかなことを控え、故人をしのぶ時期」と考えると整理しやすいでしょう。神社の案内では、長いほうを「喪」ではなく「服(ぶく)」と呼ぶこともあります。

「いつまで」は、どの資料を物差しにするかで変わる

よく挙げられる目安は、忌中が仏式で四十九日、神式で五十日祭まで、喪中が一周忌(一年祭)のころまでです。仏式で忌明けにあたる日の数え方は、四十九日の数え方と中陰の考え方で扱っています。ただ、神社・寺院・事業者の案内を並べると、説明の幅はかなり広くなります。

資料(立場) 忌の区切り 喪・服の区切り 補足
神社本庁 よくある質問 五十日祭まで 一年祭(一周忌)まで 地域に慣例があれば、そちらに従う
石川県神社庁 五十日間 一年間 近親者を亡くした場合の目安
郵便局のプリントサービス 49日 1親等は12〜13か月、2親等は3〜6か月 関係の深さや地域の慣習でも判断
成田山新勝寺 Q&A 初七日まで 四十九日まで 現代は短くなり、これが一般的になってきたとの説明(控える習わしの記述は後述)
真宗大谷派 三宝寺 本来この考え方をとらない 同左 相手への配慮として年賀欠礼のはがきを勧める

同じ喪中でも、神社の案内ではおよそ一年、成田山の説明では四十九日までと、物差しによって開きがあります。葬儀を営んだ宗教・宗派や、地域・親族の慣習に合わせて選ばれてきた目安と受け止め、家族の間でどの物差しにそろえるかを話し合っておくと安心です。

江戸と明治には、続柄ごとの「日数表」があった

かつては期間を表で定めた時代もありました。日本大百科全書(コトバンク「忌服」)によると、江戸幕府は1684年(貞享元年)に服忌令を定めています。明治にも1874年(明治7年)10月17日に服忌令が定められたことが、国立国会図書館のレファレンス協同データベースに登録された島根県立図書館の回答で確かめられます。

明治の定めは続柄ごとに日数を書き分けており、日本大百科全書によれば父母は忌50日・服13か月、祖父母は忌30日・服150日、兄弟姉妹は忌20日・服90日でした。成田山新勝寺のQ&Aによると、最も短かったのは、いとこや甥・姪の忌3日・服7日です。こうした定めは戦後に拘束力を失ったとされ(百科事典マイペディア)、いまは喪の長さを決めた法律はないと郵便局のプリントサービスも説明しています。それでも父母の「忌50日・服13か月」は、今日の「忌中はおよそ五十日、喪中はおよそ一年」という目安と、数字の上でよく似ています。

控えるとされることを、時期ごとに見比べる

場面 忌中 忌明け後の喪中
神社への参拝・神棚のおまつり 控えるとする神社庁の案内が多い 再開してよいとされる。喪が明けるまで鳥居の脇から入るなどの心づかいを紹介する神社庁も
お寺へのお参り 差し支えないとする寺院がある 差し支えないとされることが多い
結婚式・祝賀会など祝いの席 出席を控えるとする案内が多い 決まりはなく考え方が分かれる。石川県神社庁は、自分が中心となる祝い事は延ばすと案内
年賀状 出さずに、11月〜12月上旬に喪中はがきを送るのが礼儀とされる(浄土真宗の考え方は後述)
正月飾り 北海道神社庁は、喪中の一年は門口の正月飾りを遠慮すると案内
新年の神札 五十日を過ぎてから 北海道神社庁は、神葬・仏葬を問わず受けてよいとする

忌中に控えるとされるのは神社への参拝だけではなく、北海道神社庁は結婚式や祝賀会への出席、行楽の旅行なども挙げています。お寺へのお参りの可否と、祝いの席を控えることは分けて考えるのが自然です。年明けと重なった場合のお参りは、喪中のときの初詣の考え方で神社とお寺に分けて整理しています。

「喪中だから」で広がりがちな三つの誤解

誤解1:喪中の一年間は、神社に行ってはいけない

神社本庁のよくある質問で、お参りを慎む目安とされているのは五十日祭までの「忌」の期間です。一年祭までの「服」の期間全体を指しているわけではありません。やむを得ず忌の間に神社へ参る場合は、お祓いを受けてからがよいとも案内しています。石川県神社庁は、忌が明けたら、その間お参りできなかったことを神様にわびる参拝をすると紹介しています。

誤解2:お寺なら、忌中でも何も気にしなくてよい

仏教では死をけがれとみなさないとして、成田山新勝寺のQ&Aは、喪に服している時期のお参りを追善供養の場として前向きにとらえています。一方で同じQ&Aには、正月飾りや年賀状、慶事への出席を一年ほど控える習わしが今も残っている、という記述もあります。神社とお寺の成り立ちの違いは、神社とお寺の違いで比べています。

誤解3:どの宗派にも忌中と喪中がある

真宗大谷派(東本願寺)の公式サイトは、清め塩の習わしは死をけがれとして怖れる見方に根ざすものだと説明し、亡き人をけがれと見る考え方そのものを問い直しています。同派の三宝寺も、忌や喪という区切り自体が浄土真宗の教えにはもともと無いと説明しています。そのうえで、相手への配慮として、喪中はがきではなく年賀欠礼のはがきを勧めています。文面の一例として、法善寺(浄土真宗東本願寺派)の副住職のブログでは、お寺として出すはがきは「喪中ですので」とは書かず、住職が亡くなったことに触れたうえで新年のあいさつを控える旨を記す形にし、個人の友人宛ては一般的な喪中はがきの形にしたと紹介されています。迷うときは菩提寺に相談すると安心です。

もうひとつ、「へぇー」を

神式では、亡くなってから十日目、二十日目と十日ごとに霊前祭の日が定められ、五十日祭が忌明けの節目とされます。七日ごとに法要を重ねる仏式に対し、こちらは十日刻みの暦なのです。

編集:へぇ助

忌中と喪中のよくある疑問

Q. 忌中のあいだ、家の神棚はどうする?

A. 再開の目安は忌明けです。北海道神社庁の案内では、神棚の前に半紙を貼っている期間が、おまつりを控える期間にあたります。半紙をはがすのは忌明けのあとで、その前に身を清めるよう勧めています。貼っておく期間は五十日間が多いとされ、地域で違いもあるので、氏神の神社にたずねると確実です。

Q. 友人の葬儀の帰りに、神社へ寄ってもいい?

A. 石川県神社庁は、参列した当日の参拝は遠慮し、気持ちが落ち着いてから参るよう勧めています。神様の前には平常心で立つもの、という考えからです。身内の忌中とは別の、その日かぎりの心づかいです。

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出典・参考

※忌中・喪中の期間や控えることは、宗教・宗派、地域、ご家庭の考え方によって異なります。本記事は資料にもとづく一般的な目安です。