先に結論:正月用の餅つきは、12月25日ごろから30日ごろまでが一般的な目安です。29日は「苦餅」、31日は「一夜餅」と呼んで避ける言い習わしが各地にあります。そのうえで中心になる日は土地ごとに違い、自治体の記録では、かつての愛知県大口町では28日、大阪府摂津市の市域では30日あたりにつく家が多かったとされています。年末につくのは、年神に供える鏡餅をはじめ正月に使う餅をそろえるためで、つき上がった餅は鏡餅・丸餅・のし餅などに形を分けます。
まずはひとつ、「へぇー」を
もち米をつくと強い粘りが出るのは、でんぷんのほぼ100%がアミロペクチンという成分だから。ご飯用のうるち米は別の成分アミロースを15〜35%含みます。同じお米でも、でんぷんの顔ぶれが違うのです。
編集:へぇ助
なぜ年末に餅をつく?まずは年神への供え物として
つき上がった餅で最初にこしらえるのは何か。神奈川県が地域の体験行事向けにまとめた資料によれば、最初は大ぶりの鏡餅、その次がほかの神々に供える餅です。この順番からは、正月の餅が何よりもまず供え物として用意されてきたことが読み取れます。
では、ついた餅はどれも神さまに供えるためのものだったのでしょうか。そうとは限りません。宮城県では、もち米にヨモギや豆、ゴボウなどを混ぜてつく「混餅(まぜもち)」が、ふだんの食事のためによく作られていた例として、世界大百科事典の「餅」の項目に載っています。正月の鏡餅のような改まった餅と、毎日の腹を満たす餅とでは、同じ餅でも役目がはっきり違っていたのです。
暦の切り替えも、つく回数に表れていました。愛知県大口町の町史編さん室だよりは、町内に住んでいた方の日記を紹介しています。日記の家では新暦と旧暦、それぞれの正月に向けて年2回つき、昭和20〜30年代は旧正月用の量のほうが多かったそうです。同じ日記には、昭和29年の暮れに、正月を新暦で祝うよう呼びかける回覧板が届いたことも書かれており、呼びかけと実際の暮らしのあいだに時間差があった様子が読み取れます。供えた鏡餅をいつ下げて食べるかは、鏡開きの日付と関東・関西・京都の違いで整理しています。
何日につく?自治体の記録で日取りを比べる
確かめられた自治体の資料を、資料の種類、つく時期、避けた日で並べました(当サイト作成)。
| 地域・資料 | 資料の種類 | つく時期 | 避けた日(呼び名) |
|---|---|---|---|
| 神奈川県 | 県の体験活動の手引き(一般的な説明) | 12月25日〜30日ごろ | 29日(苦餅)、大晦日の31日(一夜餅) |
| 大阪府摂津市 | 市教育委員会の郷土誌「郷土摂津いにしえ通信」(平成13年・一般的な説明と市域の様子) | 一般には25日ごろから。市域では30日ごろに多かった | 市域:29日(苦の餅)。一般的な説明では29日(クモチ)と31日(一夜餅) |
| 愛知県大口町 | 町史編さん室だより(令和4年・町民への聞き取りと日記) | かつては28日が多かった | 29日(苦の餅。9が「苦」を思わせるため) |
三つを見比べると、29日を避ける話はどの資料にも出てきます。31日の一夜餅にふれているのは神奈川県と摂津市の一般的な説明で、大口町の記事には出てきません。一方で、つく日の山は土地ごとにずれていて、かつて多かった日は、大口町では28日、摂津市の市域では30日ごろと記録されています。28日が多かったわけは、資料には書かれていません。29日と31日を避ける語呂合わせや一夜飾りの考え方は、正月飾りで29日と31日を避ける理由でくわしく扱っています。
臼と杵のつき方:役割ごとに見る手順
奈良県生駒市が公開している親子ふれあい農業体験学習(平成26年度)の「しめ縄作り体験資料」には、その前に行われた餅つきの段取りも写真入りで載っています。これをもとに、当日の流れを役割ごとに表にしました(当サイト作成)。下ごしらえは前日から始まり、もち米を研いだら、米の量の2倍くらいの水に浸けたまま一晩おきます。
| 役割 | すること | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 蒸す人 | 水気をよく切ったもち米を布にくるみ、湯の沸いた釜にのせたせいろで45〜60分ほど蒸す | 蒸し上がったら少し口に含み、中心が硬くないかを見る |
| つき手(最初) | 臼に移したらすぐにはつかず、臼のまわりを歩きながら杵に体重をのせて粒をつぶし、練り混ぜる | この下準備を省くと、ついた拍子にもち米が臼の外へ散りやすい |
| つき手 | 杵を持ち上げたら、腕で叩きつけるのではなく、杵の重みにまかせて落とす | 勢いあまって臼の縁を打つと杵が傷む。鈍い「ゴン」という音は臼そのものを打っている印、と資料は注意している |
| 返し手 | ぬるま湯でしめらせた手で、外へ広がった餅を中心へ折り込み、ひとかたまりに戻す | 折り込みは毎回でなくてもよく、数回つくごとで足りる。息を合わせて一打ごとに入れられれば、なおよいとされる |
| 返し手(つく途中) | かたまりごと臼から持ち上げて裏返し、底にあった面を上にする | 資料の目安は、つき終えるまでに1〜2回 |
| 仕上げ | 粒が消えて全体がつるりとまとまったら、取り粉をまいた板へ移す | 好みの大きさに手でちぎり、丸めて形を整える |
いま「杵」と聞いて思い浮かべるのは、柄の先に頭が横向きに付いた横杵でしょう。ところが杵には、棒を縦に持って上下につく竪杵(たてぎね)もあります。二つの杵が国内のどこで、また海の向こうでどう使われているかを、世界大百科事典の「餅」の項目をもとに並べました(当サイト作成)。
| 比べる点 | 竪杵(たてぎね) | 横杵(よこぎね) |
|---|---|---|
| 形と動かし方 | 棒を縦に持ち、上下に突く | 柄の先に横向きの頭が付き、持ち上げて落とす |
| 国内で出会いやすい場 | 神社やお寺に昔から受け継がれてきた餅つきの行事など、改まった場 | それぞれの家でつく餅(所によっては、杵でなく足で踏む唐臼〈からうす〉を使う) |
| 台湾・中国南部・インドシナ半島の一部(蒸した米をつく所) | 使われている(ほかに唐臼も) | 見当たらない |
表の最後の行がポイントです。米を蒸してつく食べ方が近い地域にあっても、横杵だけは見当たらない。辞典はこの違いから横杵を日本で生まれ育った道具とみており、竪杵のほうは、改まった場に残る昔のつき方の名残と位置づけています。
米を蒸す土器の甑(こしき)と、餅つきに使われたとみられる先の丸い杵。農林水産省の広報誌『aff』で伝承料理研究家の奥村彪生さんは、こうした出土品が見つかる時期をもとに、餅の文化が伝わったのはおそらく弥生時代後期だとみています。
つき上がりの形:鏡餅・丸餅・のし餅
- 鏡餅:丸い餅を重ねて年神に供える形。冒頭で触れた神奈川県の資料では、最初にこしらえる餅とされています。
- 丸餅:つきたてをちぎり、手のひらで丸めたもの。『aff』の特集は、丸い形を日本古来の餅の形と紹介しています。
- のし餅・切り餅:「のし餅」は平らにのばした餅で、デジタル大辞泉が示す厚みの目安は1.5センチほどです。これを長方形に切り分けたものが「切り餅」です。
どの形にするかには東西の傾向があり、神奈川県の資料は、四角く切った餅が東日本に、丸餅が西日本に多いようだと説明しています。東西の境目がどこにあるかは、全国のお雑煮を調べた論文(畑江敬子ほか、日本調理科学会誌、2003年)をもとに、お雑煮の角餅と丸餅の境目を全国調査で比べた記事で県ごとに整理しています。
江戸の町から今へ:だれが、どこでついてきたか
餅つきの担い手の移り変わりを、資料に出てくる場面で年代順に並べます。行ごとに場所が違うので、どこの話かも添えました(当サイト作成)。
| 時代・地域 | 餅つきの様子 | 資料 |
|---|---|---|
| 江戸時代末の江戸の町(1854年の錦絵) | 錦絵の解説では、家で餅をついたのは武家や裕福な商家で、庶民は菓子屋に注文する「賃餅」に頼ったとされる | 錦絵「十二月之内 師走餅つき」の解説(ジャパンサーチ) |
| 餅つき機が広まる前(愛知県大口町) | 手伝いに来た親戚の家で使う分も、一緒にこしらえることがあった | 大口町 町史編さん室だより(町民への聞き取り) |
| 昭和40年代半ば以降(同) | 電動の機械でつく家が増え、少人数でも短時間で済む作業に変わった | 同上 |
| 現在(各地) | 学校や幼稚園、地域の団体が開く餅つき大会として続く。もち米の田植えから収穫、餅つきまでを親子や子どもたちで体験する例もある | 北九州市保健所の資料、神奈川県の体験活動資料、生駒市の農業体験学習 |
1行目は江戸という大きな町についての解説で、同じころの農村で家ごとにどうついていたかまでは、この錦絵の解説からは分かりません。2行目以降の大口町の記録と並べるときは、場所の違いに気をつけて読む必要があります。
暮れの家の仕事とは別に、年が明けてから寺でつく餅つきもあります。正月の2日と3日、大阪府貝塚市の水間寺で毎年行われる「水間千本搗餅つき」です。杵を握るのは「若中(わかちゅう)」と呼ばれる男性たちで、8人で1組をつくり、音頭や掛け声に合わせてつき進めます。始まりとして語られるのは、水間寺が開かれたころ、行基と十六童子が餅をついて供養をしたという伝説です。その後この餅つきを担ってきたのが、寺とともに歩んできた地元の家々の組織「寺座」で、中世から続くともいわれます(貝塚市)。貝塚市は1998年(平成10年)にこの行事を市の無形民俗文化財に指定しました。
餅つきの「よくある誤解」
- 誤解:29日は全国どこでも避ける日
9を「苦」と結びつけて避ける土地は多いものの、逆の受け止め方もあります。ウェザーニュースの記事(2025年12月)が日本鏡餅組合の説明として紹介するところでは、29を「フク」と読んで縁起がよいとみる地方もあるそうです(主に鏡餅を飾る日についての話です)。29日の扱いは全国一律の決まりではありません。 - 誤解:餅はもち米だけで作るもの
アワやキビといった雑穀、ナラやトチの木の実からこしらえる餅もあると、摂津市のいにしえ通信は紹介しています。神奈川県の資料も、白い餅とは別に、モロコシのような雑穀を加えてついた餅に触れています。白い米の餅だけが餅というわけではありません。 - 誤解:餅つきは年末だけのもの
大口町の町史編さん室だよりによると、町内に住んでいた方の日記には、婚礼や子の誕生の祝い、新築に伴う神事、法事といった折にも餅をついたことが書き留められています。正月の餅つきは、暮らしの節目ごとにあった餅つきの一つでもありました。
もうひとつ、「へぇー」を
正月の餅を家のしきたりで遠ざける「餅なし正月」は、「餅精進」とも呼ばれます。日本大百科全書によれば、これが珍しく映るのは、餅を使う正月が広く行き渡った後の目で見ているからだそうです。
編集:へぇ助
餅つきのよくある疑問
Q. 臼や杵が家になくても餅つきはできる?
A. 神奈川県が地域で行事を企画する人向けにまとめた資料は、臼や杵を近くの小学校や公民館で貸してもらう方法と、有料のレンタルを使う方法を挙げています。当日の段取りには、餅つきに慣れた人をボランティアで募って加わってもらうとよい、とも書かれています。
Q. 地域の餅つき大会で気をつけることは?
A. 北九州市保健所は、全国の餅つき大会で、ノロウイルスなどを原因とする集団食中毒が相次いでいるとして、手洗いの徹底、マスクや手袋の着用、調理器具の洗浄と消毒などを呼びかけています。おう吐や下痢、発熱といった症状がある人は参加を控えること、餅は家に持ち帰らず、ぜんざいや焼き餅のように火を通して会場で食べることも勧めています。開催するときは、地元の保健所の案内もあわせて確かめましょう。
Q. 30日についてもかまわない?
A. 摂津市の郷土誌(平成13年)は、市域では30日あたりにつく家が多かったようだと記しており、神奈川県の資料も30日ごろまでを目安にしています。何日につくかは地域や家の習わしによって異なります。
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出典・参考
- 餅つき大会(12月)あそんでみよう!|神奈川県
- 町史編さん室だより「餅つき」(令和4年1月)|愛知県大口町
- 郷土摂津いにしえ通信 第44号(平成13年12月1日・第9回12月「大晦日・餅つき」)|摂津市教育委員会
- 29日と31日は避けて!知っておきたい鏡餅の飾り方と鏡開きの作法|ウェザーニュース(2025年12月28日)
- しめ縄作り体験資料(餅つきの手順を含む・生駒市親子ふれあい農業体験学習 平成26年度)|奈良県生駒市
- 餅(ヘイ)とは? 意味や使い方|コトバンク(改訂新版 世界大百科事典・日本大百科全書)
- 餅なし正月(もちなししょうがつ)とは? 意味や使い方|コトバンク(日本大百科全書)
- 特集2 もち(1)|aff(あふ)2017年12月号|農林水産省
- 正月の雑煮の食べ方に関する実態調査(畑江敬子ほか)|日本調理科学会誌 36巻3号
- 伸し餅(ノシモチ)とは? 意味や使い方|コトバンク(デジタル大辞泉)
- 切餅(キリモチ)とは? 意味や使い方|コトバンク(デジタル大辞泉)
- 十二月之内 師走餅つき|ジャパンサーチ(国立国会図書館デジタルコレクション)
- 水間千本搗餅つき|大阪府貝塚市
- 餅つき大会などでのノロウイルス食中毒にご注意を!!|北九州市保健所
※餅をつく日や避ける日、餅の形は、地域や家庭によって異なります。本記事は自治体の記録や辞典などの資料にもとづく一般的な目安です。