狛犬の意味とは?阿吽の左右・獅子との見分け方と、木から石へ変わった歴史

先に結論:狛犬は、神社やお寺で左右から向かい合い、番をするように控える一対の像です。平安時代の宮中では、口を開けて角のない「獅子」と、口を閉じて頭に角をもつ「狛犬」を組にしていました。今は二体まとめて狛犬と呼ぶのが一般的です。口の形は「阿吽」を表すとされ、向かって右に口を開けた像を置く例が多いものの例外もあります。石の像は鎌倉〜室町時代から見られますが、垣の外の参道に並ぶのはおおむね江戸時代からです。

まずはひとつ、「へぇー」を

「狛犬」は像だけの名前ではありません。平安時代の舞楽(高麗楽)には同じ名の曲があり、10世紀の辞書『和名類聚抄』にも見えますが、音楽も舞も今は伝わっていません。

編集:へぇ助

二体は別の獣だった:宮中の記録から読む獅子と狛犬

平安後期の宮中や貴族の調度を記した『類聚雑要抄』には、口を開いた黄色の獅子と、口を閉じて角をもつ白い「胡摩犬」を左右に据えた記載があり、精選版 日本国語大辞典が補注で紹介しています。宮中では帳のまわりの重しとしても置かれたと、複数の辞典が紹介しています(日本大百科全書は『禁秘抄』をもとに「鎮子(ちんし)」の名を挙げています)。

見るところ 獅子 狛犬
口 開いている 閉じている
頭 角がない 角が1本ある(折れて失われた像もある)
『類聚雑要抄』の色 黄 白
名前の手がかり ライオンをかたどった獣 「高麗(こま)の犬」とする説が有力

奈良時代までは獅子が2頭そろって置かれ、角のある狛犬を片方に迎えた組み合わせは平安時代の初めに生まれた、と京都国立博物館は解説しています。時代が下ると描き分けは薄れ、一対をまとめて狛犬、あるいは獅子と呼ぶようになりました(ブリタニカ国際大百科事典・精選版 日本国語大辞典)。

口の形が語る「阿吽」と、左右の数え方

「あ」と声に出すと口は大きく開き、口を結んだまま「うん」と言ってみると唇は閉じています。狛犬の開いた口と結んだ口は、ちょうどこの二つの音の口の形です。阿と吽は、どちらもサンスクリットの音を漢字で書き表した字です(デジタル大辞泉)。開いた口と閉じた口で一対をなす像はお寺の門の仁王像などにもあり、日本大百科全書はこうした組み合わせを「阿吽」の表れとしています。

参拝者から見た並びでは、右に口を開けた像、左に口を閉じた像という組み合わせがよく見られ、百科事典マイペディアもこれを一般的な形としています。宮中の記録では獅子が左とされ、逆に見えますが、狛犬の左右は神の側から見て呼ぶのが原則で、その原則は『類聚雑要抄』にさかのぼるとする研究があります(川野明正氏、2023年)。この数え方で読むと、獅子は正面から向かって右手に来る計算です。

木の像から石の像へ:材料と置き場所の移り変わり

年代の分かる実物と、資料が示す流れを、当サイトで時代順に並べました。

時期 主な材料 置かれた場所 年代の分かる例
平安〜鎌倉 木 宮中の調度、社殿や門・堂の中 高山寺(京都市)の木造狛犬(台座に1225年の銘をもつ像を含む)
鎌倉〜室町 木に加えて石・焼き物 社殿の近くや門、建物の中 籠神社(京都府宮津市)の石造狛犬(鎌倉後期作とする説が有力)、高森神社(丹後半島)の石造狛犬(1355年銘)
16世紀 石(越前の笏谷石) 社殿やお堂の中 福井県内に1515〜1579年の年号をもつ狛犬が残る
江戸時代 石 社殿を囲む垣の外、参道 日光東照宮奥宮の石段上(1641〜42年の奉納と推定)、江戸型で現存最古とされる目黒不動尊(1654)
大正・昭和 花崗岩など 参道 岡崎型と呼ばれる型が全国に広まる

表から分かるのは、石だから屋外とは限らないことです。16世紀の銘が入った越前の石の像でさえ、福井県立歴史博物館の紹介では屋外ではなく建物の内側に据えられていました。石の狛犬が垣の外の参道に並ぶようになるのはおおむね江戸初期からだと、川野氏の論文はみています(籠神社の像は例外)。同じ論文は、高森神社の像を年号入りで最古の石造狛犬としています。境内での振る舞いは参道の歩き方を含む参拝の作法にまとめています。

石工の町ごとに違う「型」:出雲・江戸・浪花と瀬戸の焼き物

土地ごとの石材と石工の作風は狛犬の姿に表れ、船で遠くの神社へ運ばれたものもあります。川野氏の論文は、浪花型・江戸型・出雲型を各地に広まった「三大狛犬」として挙げつつ、型の名づけは研究者ごとに違い、全国で統一された分類はまだないと断っています。

型 主な材料 見分けの手がかり 広がり
出雲型(松江) 来待石など出雲産の砂岩 座った型のほか、尻を高く上げて身構える「構え型」がある 日本海側から東北・北海道、瀬戸内、九州北部
江戸型 真鶴産の小松石 尾の形が時代で変わる(体に付く尾→立ち上がる尾→左右に流れる尾) 青森・岩手・宮城・福島、長野、高知など
浪花型(大坂) 和泉砂岩・花崗岩 口を大きく誇張して開けるものもある 九州北部から東北まで
瀬戸の陶製狛犬 焼き物 石の像と違い、焼き物でできている 瀬戸市内に200体以上

出雲型の現存最古は松江の石工・相良門兵衛の作で、座った型は1781年に香川県琴平町の金刀比羅宮へ、構え型は1791年に松江市東出雲町の出雲金刀比羅宮へ奉納されたとされます。瀬戸市の紹介では、深川神社の陶製狛犬は陶祖とされる藤四郎の奉納と伝えられます。鎌倉時代の作とされますが、窯跡の調査から室町時代初めごろとみる説もあります。

狐や牛の像は「神使」:狛犬との役目の違い

境内の動物の像には、神と縁のある動物もいます。獣なら狐は稲荷、牛は北野、鹿は春日、猿は日吉、鳥なら鳩は八幡と、神ごとに結びつく動物があります(日本大百科全書「神の使い」)。こうした動物を指す「神使(しんし)」という呼び名は、デジタル大辞泉や改訂新版 世界大百科事典に項目があります。

比べる点 狛犬(獅子・狛犬) 神使の像(狐・牛など)
何として置かれるか 左右に控えて番をする役 祭神の使い・眷属
どこで見るか 特定の祭神に限らず、神社やお寺の前 その動物と縁の深い神をまつる神社
姿のもと 獅子(ライオン)をもとにした霊獣 狐・鹿・牛・猿・鳩などの動物(空想上のものもある)

伏見稲荷大社で狐の像の口元を見ると、玉や鍵、巻物、稲穂などをくわえています。同社によれば、狐は神そのものではなく稲荷大神に仕えるお使いで、くわえた品々も稲荷大神にちなむものとされています。

狛犬のよくある誤解

誤解1:向かって右が阿形と決まっている

多数派ではあっても決まりではありません。日本大百科全書は、両方とも口を開ける、両方とも閉じるといった例外を挙げています。岩手県一戸町の鳥越観音の山門前にある1908年の狛犬は、左右とも口を開けています(川野氏の論文)。

誤解2:狛犬は神社だけのもの

お寺にも置かれます。重要文化財の木造狛犬には、高山寺や奈良の薬師寺のものも含まれます。神と仏が長く同じ境内で混ざり合っていた歴史は神社とお寺の違い(まつる対象・建物・歴史の比較)で取り上げています。

もうひとつ、「へぇー」を

明治36年(1903)6月に盛岡天満宮で建立された狛犬は、石川啄木から「石馬」と呼ばれました。宮司の話では、手がけた高畑源治郎は石工ではない一般の人でした。台座は今、啄木の歌碑を兼ねています。

編集:へぇ助

狛犬についてのよくある疑問

Q. 狛犬にオスとメスはありますか?

A. 雌雄を彫り分けた例はあります。岡崎市指定文化財の犬頭神社の石造狛犬は、口を閉じた吽形が雄、口を開けた阿形が雌として彫られています(同市の解説)。1610年に岡崎城主の本多康重が奉納した像で、石材は越前の笏谷石です。ただし、すべての狛犬が雌雄を表しているわけではありません。

Q. 台座に刻まれた文字は何ですか?

A. 奉納した年月や奉納者、作った石工の名が刻まれていることがあります。銘は年代や作者を知る手がかりですが、銘のない像も多いと川野氏の論文は述べています。

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出典・参考

狛犬の形や置き方は、神社・寺院・地域・時代によって異なります。本記事は資料で確認できた範囲の一般的な整理です。